なにかおかしいコムスンの受け皿企業たちの話である。
介護事業とは、そんなに魅力のある業種なのだろうか?
要介護者は、「金の成る木」か、「金の玉子を産むにわとり」に見えるのだろうか?
しかし、現実には既に業績が悪化していたり、24時間体制は継続できるかどうかの不安がある筈だ。
それが、ニチイ学館にしてもワタミにしても、どうして最初の言い方と異なり、全面的な業務譲渡を打ち出してきたのだろうか?
どの企業も、採算を無視した慈善事業ではない筈だ。
それなりの採算点をきちんと設定した上での将来的経営を考えたのだろうか。
それとも、世間体からして、切り捨てをするように見られては、事業的に不利との判断から、先ずはすべての譲渡を前提とした動きになったのだろうか。
事業を全面的に継承した限りは、不採算事業でも維持するのだろうか?
いまはそれとして、近い将来での切り捨てが待っているような気がして堪らない。
「ニチイ学館のみが、そこまで大きくなっていいのか」とのワタミの社長の発言があったとも報道されている。
介護保険ビジネスも競争原理に基づく収益ビジネスという考え方が、ありありと伺える発言だ。
しかし、介護ビジネスは、本来そのような収益性に立てるものではない筈である。
言い方をかえれば、見切り発車の介護保険をうまくコムスンが利用して、ここ数年間は介護ビジネスとして大きく数字を伸ばせたが、法律の見直し等で先行きに問題がでてきたのが、今回の問題の発端であった。
つまりは、今まではともかく、今後はいままでのような甘いものではないという事なのである。
それは保険者である、地方自治体・国の共通の考えであろう。
「ケア」の質が大切になっている。
年をとれば、皆同じようになる訳ではない。
確かに、類似点はあるかもしれないが、個別であることが当然なのである。
一人ひとりが育んできた生活習慣やその人なりの文化など、一人ひとりが持つ価値観は全くさまざまなのだ。
百人百色である。
介護の質とは、この個人個人の部分への対応と言っても過言ではないであろう。
コミュニケーションの手段を失った人でも、意思は確実に存在し、その意志に反することが続けば、大きなストレスとなり、感情的な爆発を招くこともある。
親切の押し売りとなる事だってあり得るし、虐待的になることもあり得るのである。
自分自身の例では、事故後、約2カ月ベッドから起きられない状態、つまりは要介護のレベルでも最高の状態にあった時に、腰に褥瘡(じょくそう)床ずれができてしまった。
褥瘡防止用のマットを使用していても結果としてそうなってしまったのである。
個人差までの配慮がされていなかっただろうし、年齢からするとそのようなことは予想もできなかったのかも知れない。
コミュニケーションができない状態で、ただ、寝ているだけであったのが原因であろう。
防止用マットの効果を信頼しすぎたのも一因である。
必ずその寝ている体勢が同じにならないように毎日注意を払う必要があったのだ。
最終的には事故の手術以外に褥瘡の除去の手術をすることとなった。
このようなことは、介護の現場では多く発生していることであろう。
介護の現場に於いて「ケア」が非常に重要な位置を占めるのだ。
その「ケア」も一人ひとり異なるのが当然で、高齢者の場合ならば、なおさら一人ひとりが望んでいる生活により近づく目標が求められるのだ。
このようなこと細かい綿密なサービスを一人ひとりに提供する保険が、介護保険なのである。
安易な儲け仕事ではないし、施設を充実させればよいというものではないのだ。
事業者はこの面を了解の上、参入してきている筈である。
儲けは結果であって、売り上げを競い、利益率を云々する事業ではない。
コムスンの受け皿にどこがなろうと、介護される側の人間を理解し、人と人とのつながりで生きていることへの感謝がうまれる「ケア」が提供されるところに経営をして頂きたいと、私は考える。
自分自身も間もなく、お世話になる可能性も十分にあるのである。
2007年06月20日 ライブドア・ニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/3204738/
介護事業に民間が参入してきた時点で、厚労省や都道府県の介護保険課は目を光らせ事業所の管理をやるべきだったんです。
福祉の事業だから、いくら民間だろうと利益が上がらないと事業撤退です。
その利益の幅を制度の範囲内で努力することが求められています。
当然のことですが、利益を追求すると制度が邪魔になってしまいます。
何かうまくいく法改正の案はないでしょうか?
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